ブラジル北上、パーマカルチャーセンターIPECへの旅。


自然農法コーヒー農園のファゼンダを後にし、
約950km北上いよいよゴイアス州はピレノポリスにあるパーマカルチャーセンターEcocentro IPECへ。

1998年、今から16年前、
幼いひとり娘のいるブラジル人とオーストラリア人の夫婦によってIPECは始まった。

木々が伐採され牧草地として使用されていたsitioに、
パーマカルチャーの学校を創ろうという志を持って移住してきた家族。

16年経った今、丸裸だった土地は緑に溢れ(HPに1998年の写真と6年後2004年の写真があるので是非参照)
そこには猿や、アルマジロや、ハリネズミ、大きなトカゲなどの動物や様々な鳥、無数の虫、多くの自然が戻ってきてる。
その中にパーマカルチャーによって設計された美しい建物の数々。

IPEC内には移住当時に元からあった家も大切に残されている、
最初はこの家しかなかったんだ。

通称Casa do mae=母なる家。


この家の前に立った時思わず鳥肌が立った。
たった3人の家族の想いがたくさんの人を巻き込みこんな空間を作っていったんだ。
すごいよ。

私たちも3人家族、
何か大きなことをやるつもりはないけれど、
なるべく自然に寄り添って生きていく暮らしを目指すと言うのは初めての経験で、
ある意味では挑戦な人生だ。

初めの一歩を踏み出して、
小さくてもいい、丁寧に一歩ずつ歩みを続けて行けばこんなことができるんだよ、
そんなことを語りかけられたようだった。


"Bio Vivência"から始まり約3カ月滞在することになった私たちの家、
通称sitio。


1階にキッチンと小さなダイニング(写真のモザイクテーブルのところ)とシャワー室、
4段ほど小さな階段を上がって小さな居間を挟んで個室が1部屋ずつ、
2階に長テーブルのある見晴らしのいいベランダがあって、
3階にはまた小さな居間を挟んで2段ベットが2つずつのドミトリーのような空間が。

私たち家族は個室に、
3階のドミトリーには5人の若者たち、
8人の共同生活。

後にIPECを去り次のWWOOF先に滞在した最初の夜、
「家に帰ろう、sitioに帰ろう、ママ靴取ってきて~!」
とUiが泣きじゃくり、
私たちも一緒に泣いた。
それくらい私たちには自分の家のように大切な場所になったのです。

ではでは、IPECの滞在時に時間を戻して少しず綴ります。
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